施術の極意:ソフトで深い圧とは

昔、タイでタイマッサージを習っていた時に、「◯◯さんの圧はソフトなのに深くて、とても上手だ」というような話を聞いたのが印象に残っています。
その方の施術を受ける機会は無く、またスクールでは「もっと強く圧して」という先生が多かったためか「ソフトで深いというのは矛盾しているのでは?」と思っていました。

その後、日本でタオ指圧を習うことになり、そのなかにソフトかつ深い圧を実現するヒントというか極意がありました。
以下のような身体の使い方で圧していきます。
・指には力を入れない
・体重を載せるのではなく、丹田を下げることにより圧す
・圧しているようで受け身になっている

受けてみると普通の体重圧とは異なり、ぶつかった感覚が無く深く圧が入ってきます。
また、響きという気が流れた感覚が出ます。
術者もこの圧し方だと指を痛めることはほぼありません。

手首や指を痛めないようにという理由で肘や膝を使うように施術したり、そのように教えている人もいますが、体重をかける圧し方では結局自分の身体にも受け手の身体にも負担をかけてしまいます。
(参考記事:整体・マッサージの良し悪しの見分け方(圧し方)

身体を足で踏む施術もありますが、これも体重で圧している人がほとんどなのに加えて、足の裏からは邪気が出ていますのでお勧めできません。

さらに言うと身体の使い方ができているだけでは十分な施術効果を出すことはできません。
タオ指圧では圧しながら受け手の痛みに共感していくのですが、圧の深さに応じて術者も深く痛みを感じます。
そこで痛みから逃げると受け手に不快感、ダメージを与えてしまいます。
タオ指圧ではそのために精神的修行が必須になっています。

当院で行っている気功教室「心身楽道」でも自分の身体を痛めず、施術効果を出せる圧し方を分かりやすく講習しています。
ご興味がありましたらお気軽にお問い合わせください。

気で美しくなる 目力を上げる方法

最近、将棋の藤井四段の連勝記録を止めた佐々木五段の「目力がすごい」と話題になりました。
「目力が強い」というと、佐々木五段のように目が大きいとか、目つきがきつい感じを言うことが多いようです。
女優でいうと柴崎コウさんが挙げられるようです。

こちらのネット記事では目力が強すぎても良くない、ということで、赤ちゃんの柔らかい目力を目指すことを提案しています。
赤ちゃんの視線を「純粋に相手に関心を寄せる視線」としています。

ここでは「柔らかい目力」を上げる方法をご紹介します。

まずは、相手の幸福や健康を願う「肯定的関心」を持つと柔らかい視線になります。
人を評価しようとして見ると「上から目線」になってしまいます。
まさに目は心の窓なんですね。

さらに柔らかい視線にするには、以前ご紹介した「気を入れて、力を抜く」というテクニックを視線に応用します。

1.対象を見ながら、その向こうを見ようとする。
2.その感覚を維持しながらフッと力みを抜きます。

視線が突き抜けた感覚と視線が逆流してくる感覚が同時に発生します。
前々回の記事「視線を使ってゾーンに入る」と同様に、一点を見ている状態から全体を見ている状態になります。
視線から力みが抜けて、さらに柔らかい視線になります。

視線や意識の使い方を応用すると、見るだけで治癒効果を出すことも可能になります。
ご興味のある方は、以前の記事「謎の整体 見て治す!?」をご参照ください。

症例ブログ:坐骨神経痛

60台のKさんは坐骨神経痛で来院されました。
2回目くらいまでは「良くなっているようなあまり変わらないような」という感じでしたが、その後は順調にしびれ、痛みがなくなりました。

最初に立ち方の説明をさせていただいたのですが、その後日常的に取り組んでいただいたようです。
当たり前のことですが、普段の姿勢や動きに気をつけていただくと改善が早くなります。
しかしながら、正しい立ち方を教えている所はあまり無いようです。
頭囲では施術後にお伝えしたり、当院でやっている気功教室「心身楽道」の最初の講習でお伝えしています。
独習はちょっと難しいかもしれませんが、心身楽道のサイトでも公開しています。
より詳しくは著書「ヒーリング・ウォーキング」をご参照ください。

極意!視線を使ってゾーンに入る

スポーツや演奏などで集中力が非常に高まった状態を表す「ゾーン」と言う言葉があります。
ゾーンに入ると視覚や聴覚が非常に鋭くなる、考えずに身体が勝手に動く、という状態になるとされています。

ゾーンというと非常に限られた一流選手しか体験できないというイメージを持っている方が多いかもしれません。
ゾーンをリラックスと集中が同居した一種の瞑想状態だと捉えると、比較的シンプルなトレーニングでゾーンに入ることが可能です。
以下では視線を使ったメソッドをご紹介します。

格闘技ドクターの二重作 拓也さんが「Dr.Fの格闘技医学」で視線の使い方の重要性について書かれています。まず、中心視と周辺視の違いを説明されています。
「中心視はじっくり細かいものを視るのに適したシステムなのです」
「周辺視というのは(中略)周りをぼやっと見て、動きや位置を識別するのに優れたシステムです」

格闘技においては周辺視をうまく使うことを勧めています。
「格闘技や武道においても(中略)相手の素早い動きを捉えるには、周辺視が非常に適しています」
これは格闘技や武道をやっていなくても何となく分かると思います。

さらに引用させていただくと、
「負けパターンに陥っているときは『相手の一部しか見えていない』『相手しか眼中にない』というケースが非常に多いのです」
「試合に勝った時の記憶をたどると、不思議と全体が見えていたことに気がつきます」
「情報入力のチャンネルを全開にしながら、運動(出力)をすると、感じながら動く状態になり不思議と疲れません」
とあります。視線の使い方が勝敗にまで影響するのですね。

上で引用した文章は周辺視を使うことでゾーン、あるいはそれに近い状態に入れることを示していると考えられます。

宮本武蔵の「五輪書」にも「目の付けようは、大きに広く付くる目也。観見二つの事、観の目つよく、見の目よわく、遠き所を近く見、近き所を遠く見る事、兵法の専也」とあります。
これも兵法においては周辺視を主に使い、近くのものにとらわれないのが大事だという教えです。
(「観の目」を「心の目」と解釈しているケースもありますが、文章全体から考えると文字通り視線の話だと考えられます)

周辺視について「格闘技医学」では「周りをぼやっと見る」と書かれています。
しかしながら文字通りぼんやり見る、と言う感じだとゾーンには入れません。
ぼんやりというと思考も感覚も低下している状態を想像しますが、ゾーンの感覚に集中しながらリラックスしている状態とは異なります。
「リラックスしてください」と言われてもなかなかできませんが、感覚に集中すると自動的にリラックスするようになっているのです。

一点に集中するのが中心視(見の目)で、視野全体に集中するのが周辺視(観の目)ということです。
これはちょっとトレーニングが必要ですので動画でご紹介します。

1.目の前で手を向かい合わせます

2.左手の指先から右手の指先へと視線を移します
通常はこのように視線を移動させながらものを見ています。

3.右手の指先を見ながら左手の方に視線を動かします。
「視線」が広がって「視野」になる感じです。
最初はあまり広がらないので少し広がったらその視野を左手の指まで動かします。

4.逆方向も同様に行います

5.「3」と「4」を繰り返していると右手と左手を同時に見られるまで視野が広がります。
この時、身体がフッと楽になる感覚があればできています

・説明文中の右と左は入れ替えてもかまいません
・指でなくても適当な2点で同じことをすれば同様の効果が得られます。
・目が痛くなったりしたら無理をしないようにしてください。

したがって、これだけで「リラックスしながら集中している」という一見難しそうなゾーンに入ることができるのです。

これは以前紹介した手の感覚を使って瞑想状態に入るテクニックと原理は同じです。
参考記事

最後のフッと楽になる感覚が分かりにくい方は手で練習する方がよいかもしれません。
本来は直接お伝えすべきような内容なので、独習はちょっと難しいかもしれません。
ご興味のある方は是非お問い合わせください。

沖縄からの受講生さん

沖縄からIさんが心身楽道の講習に来てくださいました。
東京に用事があったついでとのことですが、ありがたいことです。

合気道などにご興味があるとのことですが、未経験ということでやや高度に感じられたようです。
自分の体感に従うというのは非常にシンプルなのですが、力むクセ、頭で考えてしまうクセがあると難しく感じます。
力みを抜くというとダラ~ンとするというイメージがありますが、気を入れるとか意識を入れるといったほうが正確です。

心身楽道は有益な情報はなるべく公開する方針ですので、当ブログでも時々ワークを紹介していますが、文章や動画だけでは分かりにくいかもしれません。
直接お伝えすると初回からいきなり極意をつかめる方もいらっしゃいます。
ご興味のある方はぜひお問い合わせください。

癒しの武道・合気上げの原理

合気上げとは手首を押さえられた状態から腕を上げるという技です。
筋力で上げるのはほぼ不可能なので、はたから見ているとヤラセに思えるという方もいらっしゃると思います。
実際に受けたことのある方は押さえている力が抜けるような不思議な感覚を覚えたと思います。

市販のDVDでは基本的には力の向きをずらして上げる、力が強い人には相手の力を受け入れると良い、と説明されています。

ここでは「癒しの気」と、受けた力を「内側の力」に転換する原理に基づいたやり方を紹介します。
単に相手を動かすだけでなく、癒しを伝えることに目的をおきます。

1.ポジティブ(利他的)な思いを持つ
他人の幸福やより良い世界を願う、というポジティブな心の状態になると力が抜けて癒しの気が満ちた状態になります。
技をかけるためにポジティブにしようとすると邪気になり、力みが入るので注意してください。

2.相手の力を受け入れる
押さえられているところに意識が行って抵抗したくなりますが、抵抗をしないで力を受け入れると相手の力が抜けていきます。
テクニック的には押されている部分の圧が均等になるように微妙に動かすとお互いに力が抜けて一体感が生まれます。
心理的には相手のネガティブな部分を受け入れます。

3.重心を下げる
受け入れた力を自分の重心~接地面に導いて重心を限界まで下げます。
重心を下げるには、身体の軸の感覚ができている必要があります。
心理的には自分と相手のネガティブ(利己的)な部分を抑えている状態です。

4.重心を下げ続ける意識はそのままで、力みを抜く
これにより重心がさらに下るとともに、接地面から上がってくる「内側の力」が発生します。
心理的にはネガティブな部分が転換されます。

5.転換された力を腕を通して相手の腕に導く
「内側の力」は筋力と違って防御反応を引き起こさないので相手を上げることができます。
「透明な力」とか「勁」と呼ばれるものと同じだと思われます。
物理的な力にならないように、螺旋の動きを活かして上げていきます。

「合気上げは達人技だからできるまで2年はかかるよ」と言われた、という方がいらっしゃいました。
一方、私の習った先生は初回から「合気上げには力の向きをずらすやり方とか、気を透すやり方があって…」とその場でできるように原理を説明してくださいました。

気功や武道の世界ではちゃんと原理を説明してくれる先生が珍しいように思います。
「ゆるませて…」とか「感じるままに…」というのは正しいのですが、「こうすれば緩む」、「こうすれば感じるままになる」というメソッドが無いと習得に非常に時間がかかってしまいます。
先日、合気道を5年やっていて初段になったという方が来られましたが、筋力に頼っていて見かけだけの合気道になってしまっていました。

当院で行っている気功教室、心身楽道ではメソッドを利用して、体感していただきながらお伝えしますので、ほとんどの方がその場で内側の力を使えるようになります。
定着するにはそれなりに時間をかけて練習する必要がありますが、早く習得できます。

施術家の方は「内側の力」が使えると使えないでは施術効果に大きな差が生じます。

良いセラピストの 見分け方 (心と癒やしの気 編)

触れ方、圧し方、身体の動かし方に続く第4回です。

動画のように術者が施術の体勢のときに横から押します。
術者が特に何も考えていないと倒れてしまいますが、相手の健康を願っているポジティブな心の状態だと、押しても倒れません。

※ポジティブは楽観的というニュアンスで使われることが多いですが、ここでは利他的という意味です。

押されると力んで抵抗してしまいがちですが、リラックスして重心を下げた方が安定します。
ポジティブな心の状態になると、力が抜けて気が満ちるために自動的にそうなります。

タオ指圧では入門の時期にこのようなワークや相手の気を感じるワークを行います。
ポジティブな状態の人からは暖かさ、軽さを感じます。
癒しの気が出ている状態です。

何も考えていないときは気が出ていないニュートラルな状態と思いがちですが、実は重く冷たい気がでています。
努力していない状態はニュートラルではなく、ネガティブ(利己的)なのです。

思うだけで癒しの気が出るなら簡単なようですが、維持したままで動作を行うのは努力が要ります。

さらに、ポジティブな思いを維持しているつもりでも、無意識のうちにネガティブな気が出てしまいます。
これを乗り越えるには心の修行をするしかありません。

(参考図書:「タオ指圧、究極の経絡メソッド」遠藤喨及・著)

ポジティブな状態に慣れると、術者の近くにいるだけで、ポジティブな状態かそうでないか分かるようになります。
当然ながら、ネガティブな状態な人に施術を受けても治癒効果は期待できないどころか、ダメージを受けてしまいます。

整体・マッサージの良し悪しの見分け方(身体の動かし方)

触れ方、圧し方に続く第3回です。

動画のように、手を合わせて手首を倒すように押してもらいます。
手首が正しく使えていれば押せますが、使い方が間違っていると力がぶつかった感じになり、押せません。

手首を蝶番(ちょうつがい)のように単純に曲げ伸ばしで使っている人が多いですが、実際はバネのような螺旋の構造になっています。
曲げ伸ばしだけの動きだと手首以外を固めてしまいますが、螺旋のように使えると全身の動きと手首の動きが連動します。

自分の関節を正しく使えていない人が受け手の関節を曲げ伸ばしすると、本来の構造を無視して動かすことになるのでダメージを与えてしまいます。

本来の螺旋の動きを自動車がカーブのある舗装道路の上を走っている状態だとすると、蝶番のような単純な曲げ伸ばしは直線だけど凸凹の道を走っている状態に喩えられます。余計な負荷がかかって力が出ないし、故障しやすくなります。

整体などの施術だけでなく、武術、ダンス、スポーツでも共通することです。
ダンスは本来の動きを活かしたほうが力強く、美しく見えます。
スポーツでも同様ですが、どうしても不自然な動きが入ることがありますので故障しないように注意が必要です。

修正するための原理は簡単で、自分の関節でも他人の関節でも、最も力み無く動かせる方向に動かせばよいのです。
定着させるには普段から力みのない動きを意識する必要があります。

整体・マッサージの良し悪しの見分け方(圧し方)

前前回の触れ方編の続きです。

大半のサロン、治療院では手技に押圧が含まれると思います。
リラクゼーション(ほぐし)では施術のほとんどが押圧という所が多いと思います。

ほとんどの施術者が行っている、筋力や体重で圧す圧し方では防御反応によって身体が硬くなってしまいます。
その場合、改善効果がゼロではなくマイナスになります。
つまり、受け手にダメージを与えます。

圧し方の良し悪しを見分ける方法を動画でご紹介します。

動画のように手を組み、術者に手を押し下げてもらいます。
筋力や体重で押すと防御反応が働いて受け手にも力が入り、押し下げることができません。
背中を圧された場合は背中に力が入ります。余計に筋肉がこってしまうわけです。

防御反応を起こさないためには力を抜くことによって圧さなければなりません。
物理的に圧を加えるというよりも、ひたすら感じることを深めていきます。
それによって治癒的な効果が出るのです。
立ち方(浮き身/根づき)や前回記事の触れ方ができていることが前提になります。

ところで、なぜ間違った圧し方でも気持ちよく感じることがあるのでしょうか。
一度苦痛を感じて、それが解放される時に気持ちよく感じるのです。
でもこれはマイナスがゼロになっただけで、治癒的な効果はほとんど期待できません。

間違った圧し方に慣れてしまうと、だんだん強い圧を求めてエスカレートしていきます。
それに応えるようにひたすら圧を強くする施術者もいます。

力を入れない圧し方では、ほとんど痛みを感じることは無く、全身に気持ちよさが広がるように感じます。

実際には施術者をテストすることは難しいと思いますが、施術中の写真を見ればだいたい分かります。

動画でも使用したフリー素材の写真では、身体をひねった無理のある姿勢での押圧になっています。
(整骨院が監修しているそうですが…)
これでは術者も受け手も身体を壊してしまいます。

心身楽道では圧し方の講習も行なっています。
数時間の講習で筋力や体重を使わない、効果の出る圧し方ができるようになります。
原理を知って体得しないと何十年やってもできません。

「発達障害」は障害なのか?

先日、NHKスペシャルで発達障害の特集がありました。
なんでも小中学生の15人に1人は発達障害と言われているそうです。

私も授業参観のときですら授業を全く聞いていなかったり(未だに親に言われます)、極端に人見知りだったりしたので、今だったら発達障害という診断を受けていたかもしれません。

私の学生時代はまだ発達障害という言葉がほとんど使われていなかったこともあり、違和感を感じながら見ていました。

発達障害という明確な障害を持つ人が数%いるということではなく、我々の社会が数%の人々を障害者として排除しているのではないのでしょうか?

一つ喩えをだすと、かつてのスパルタでは子供が生まれた時に健康と認めなければ殺し、残った子には厳しい軍事教育を施したそうです。

現代の感覚だと「身体の丈夫さだけで人を判断して殺してしまうなんてとんでもない」と思いますが、作業能力という基準だけで人を選別して障害者扱いし、薬漬けにしてしまうのであれば大して変わらないということになります。

仮に50m走で◯秒以上かかるのは「障害」だから筋力増強剤を投与したりしたら非人道的と思われるでしょう。
注意力などが誰かが決めた基準から外れているから投薬するというのも同じように非人道的だと思うのです。

番組の話に戻すと、いわゆる発達障害の方はものの見え方、聞こえ方が「健常者」とは異なると説明されていました。

ざわざわした環境で会話する場合、「健常者」は無意識に相手の声以外にフィルターをかけることができますが、「発達障害」の方はフィルターをかけるのが苦手でうまく声を認識できない、という感覚を映像で再現していました。

これは人工的な環境には適応しにくい特性ですが、自然環境においては危険を察知するのにむしろ有利な特性であると考えられます。

「自閉症者が人類社会に「不可欠」である理由 実は障害ではない!」という記事には「遺伝的に異なる多様な存在がそれぞれ微妙に異なる脳神経システムを発達させることを介して、多様性を構成している」とあります。
これをニューロダイバーシティというそうです。
障害ではなく、必要があって生まれた多様性という考えです。

障害とみてしまうと、立場が変われば感覚が鋭い自閉症者が正常で、「健常者」は鈍くて環境に変化があっても気づきにくいという障害を持っているということになります。

アメリカの自閉症協会のニューロティピカル(定型発達)の説明では自閉症から見た「健常者」の異常性について書かれていて面白いです。
2つだけ引用します。

・社会的地位と認知のために生涯争ったり、自分の欲のために他者を罠にかけたりします。

・特徴的なコミュニケーションスタイルを持ち、はっきり伝え合うより暗黙の了解でモノを言う傾向がある。しかし、それはしばしば伝達不良に終わります。

「自分は健常者だと思っている私たち全員が抱える『ある重い障害』」より抜粋)

さて、スパルタでは軍人として「使える」人以外は切り捨てられていましたが、現代ではどのような基準で人を「使える」「使えない」と見ているのでしょうか。

その基準というのは「企業や役所で使える(仕事ができる)人間」ということでしょう。
つまらない仕事であってもそれなりに集中できることや、あまり細々と指示しなくても察する能力が重要視されているのです。

当然ながら、この基準は起業家や芸術家としての特性とは全く相容れません。
「そんなもののために生まれてきたわけじゃない」って話です。
また、人工知能が普及したらあまり重要でない特性とみなされるようになるかもしれません。

いわゆるアスペルガー症候群という人の話を聞くと、知的能力は「健常者」より優れていたりするのですが、合理的思考を優先させるために人づき合いがうまくいかないと悩まれているようです。

「健常者」も常に相手に気を遣っているわけではなく、なんとなくマナーなどを守っているだけだったりしますが、そのマナーなるものがよく分からないようです。
私もよく分からなかったり、あえて従わなかったりします。

アスペルガー症候群の「症状」の一つに「興味のあることに関しては記憶力、集中力が高い」というのがありますが、これは果たして「症状」なのでしょうか。
科学者としては曖昧さを許さないとか、一つのことに集中できるというのは優れた特性です。

発達障害なんて定義や基準すら曖昧という以前に障害ですらないのですから、みんなが診断や薬を拒否すれば無くなるし、そうなっても全然困らないのではないでしょうか。

それじゃ何も解決にならん、と思われるかもしれませんが、社会が過度に効率を追求するのを止めて多様性を受け入れるようになればよいのです。
責任は「健常者」側にもあるので、作業が遅いなどの人に対してダメ出しせずに受け入れる器の大きさが必要になります。

極論に聞こえたかもしれませんが、小倉謙さんのように発達障害なんて無い、という立場で精力的に活動されている方もいらっしゃいます。